「アジール論」
4世紀の歴史家アンミアヌス=マルケリヌスに次のような一節があります。
「混乱した状況にはよくあることだが、兵士たちは門番兵を斬り倒したことで一層興奮した。彼らは宮廷に押し入って、シルヴァヌスを小部屋から引きずり出した。彼は恐怖からそこに避難し、キリスト教徒の儀式がおこなわれる集会場を目指していたのだが、兵士たちは長剣を幾度も振り下ろしてシルヴァヌスを殺害した。」(『歴史(Res Gestae)』15巻5章31節)
この文章は、ローマ軍団長シルヴァヌスの殺害を述べたものです。彼は宮廷の陰謀に陥れられた(と考えて)、自ら皇帝になろうと反乱を試みました。しかし一カ月も経たないうちに裏切りにあって殺害されました。
ここで僕が注目したのは、「彼は…キリスト教徒の儀式がおこなわれる集会場を目指していたのだ」という箇所。「キリスト教徒の儀式がおこなわれる集会場」とはつまり教会のことなのですが、ここでは軍営に設けられた小部屋を指しているようです。シルヴァヌスがこのとき身の危険を感じてその場所に逃れようとしたのは間違いないでしょうが、一体何のためにそこへ向かったのでしょうか?僕のいまの考えとしては、二つの可能性があると思います。
1、殺害される前に洗礼を受けるため
2、そこに逃れれば襲撃から避難できると考えたため
1の可能性の根拠は、当時の慣習としてキリスト教洗礼は死の直前に受けるものだった、というもの。たとえば皇帝コンスタンティヌスがこれにあたります。しかし、襲撃という切羽詰まった状況で洗礼を受けようとは、ちょっとあり得なそう。で、1の可能性を考えているところです。このことを研究室で話してみたら、キリスト教会には「アジール」としての機能があるのだ、ということを教えていただきました。
「アジール」とは、罪を犯した(犯してしまった)人が復讐あるいは刑罰を逃れるために避難する場所、と定義できるようです、一面的な理解にすぎませんが。この言葉を浅学ゆえ知らなかったのですが、その翌日たまたま書店でこの本を見つけました。
- 作者: オルトヴィン・ヘンスラー,舟木徹男
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2010/07/01
- メディア: 単行本
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アジール論の基礎となったドイツ語の原著を翻訳したもので、訳者によるかなり長い解題がついています。本書で大きく取り上げられるのは古ゲルマン民族なのでギリシア・ローマ史の例は少ないのですが、訳者による研究動向紹介もあり、それを頼りにいくつかローマにおけるアジール論を探してみたいと思います。シルヴァヌスは何のためにキリスト教会に逃れようとしたのか、という疑問を解くために。
それにしても、ひどくタイムリーに良い本にめぐりあったものです。こういうの、シンクロニシティっていうらしいですが、なんだかポリスが聞きたくなりました。これは余談。