論文メモ:島田誠「帝政期イタリアにおける都市パトロン」

島田誠「帝政期イタリアにおける都市パトロン」『西洋古典学研究』38、1990年、73–82頁。https://doi.org/10.20578/jclst.38.0_73

 

古代ローマの政治・社会におけるパトロン関係の重視。従来の研究では共和政期におけるその意義が重視される、しかし近年帝政期にもその重要性を認める見解が出現。パトロン関係の一種である都市パトロンについては、Premerstein がかつて帝政期におけるその弱体化、パトロン称号を引き受ける側にとっての肯定的意義の消滅を主張。この説は近年の研究動向にそぐわず、検証する必要性がある。本論文はイタリアを対象に、まずその一般的動向を数量的に、次いで都市パトロンの選任過程と機能を個別事例に基づき考察する。

 

1~3世紀イタリアの都市パトロンについては500例余りが知られ、身分の判明するのは439例。その内訳からは、元老院身分パトロンが有力グループ(4割弱)であり続け、騎士身分・都市名望家層パトロンが2世紀に急増したことが判明する。他方、パトロンの出身地および公職経験に注目すると、1世紀から2世紀にかけて、都市パトロンが「帝国レヴェルでの有力者から都市レヴェルでの有力者へ」(75頁)移行する傾向がある。また2世紀以降、皇帝により各都市に派遣された行政担当者が都市パトロンになる事例が見られるようになる。それらの先駆けとなる帝政成立期の事例を含め、その具体的経過を伝える個々の碑文(珍しい)の分析からは、帝政成立期において都市パトロンが中央権力による地方への介入(都市内問題の解決)の一手段であったことが解明される。それに対して2世紀に入ると、都市パトロン選任の主導権は都市側に移っていた。そしてパトロン側にとってその役務は重荷となっていた。以上の考察からは、ローマ社会における都市パ論関係の変化は帝政成立期ではなく、より遅い時期、1世紀から2世紀にかけて生じたことが示唆される。