馬氏の五常

京都大学による研究者育成プロジェクトとして、「白眉プロジェクト」なるものがあるそうです。条件は博士号取得者ですが、なんと倍率は実に32.7倍(!)ということで、受ける方も審査する方も大変だろうなぁ…


ところで、「白眉」という言葉の語源ですが、かの「三国志」の人物である「馬良(ばりょう)」なる人のあだ名からとられています。(リンク先はwikipedia)187年〜222年に生きた人で眉毛が白く、ここから「白眉」というあだ名がつきました。彼は五人兄弟の長男であり、五人とも字(あざな)に「常」の字がついていたことから、「馬氏の五常、白眉最も良し」と言われたそうです。ちなみに、この五人兄弟の末っ子があの「馬謖」です。諸葛亮が泣いて斬った人ですね。


また、この「白眉プロジェクト」の選考委員会は「伯楽会議」というそうで、質問事項を見てみても名前の由来は書いてませんでした。そこをぜひ聞いてみたいものですが…


しかし、ローマでは五人兄弟なんて話はそうそう聞きませんね。三人兄弟とかなら結構いると思うのですが。ちなみに、白眉こと馬良が生きていたころのローマ帝国といえば、彼が生まれたころがコンモドゥス帝の支配期間で、その後内乱を経てセウェルス朝が始まり、彼の没年にはエラガバルス帝が殺され、その弟セウェルス=アレクサンデルが皇帝位についています。

ローマ帝国愚帝列伝 (講談社選書メチエ)

ローマ帝国愚帝列伝 (講談社選書メチエ)


ユーラシア大陸の東と西、両方で内乱が起こって争っていたわけです。東では三国時代を経て晋が統一王朝を建てるのが280年、西ではディオクレティアヌス帝が即位するのが294年ですから、なにやら因縁めいたものを感じるのは僕だけでしょうか。