アンミアヌス=マルケリヌスと元ネタ

このところ研究会での発表、論文執筆で忙しかったです。とりあえず一段落ついた感があるので、この本を読んでいます。

Ammianus Marcellinus: The Allusive Historian (Cambridge Classical Studies)

Ammianus Marcellinus: The Allusive Historian (Cambridge Classical Studies)

以前からちょくちょく紹介していますが、4世紀の歴史家アンミアヌス=マルケリヌスが書いた著作『歴史』についての研究書です。まだ三分の一くらいしか読み進めていないのですが、必読文献なのでできるだけ早く読み終えたいです。


第1章では、アド=サリケスの戦場に関するアンミアヌスの報告について検討しています。アド=サリケスというのは、ローマ軍とゴート族が衝突し多数の死傷者が出た戦場です。ただし、正確な場所についてはわからないようです。アンミアヌスはその戦闘の数年後この地を訪れ、いまだ白骨が散乱したままだった、と述べています(31巻7章16節)


しかしこの箇所で述べられる、アンミアヌスが戦場を訪れたというのは本当なのか?という問題があります。実際に訪れたのだと考える肯定派と、訪れてはいないとする否定派がいます。著者のKellyはどちらかというと否定派、というスタンスですが、それよりも著者が注目したいのは、この文章に豊富に用いられる引喩(allusion)だとされます。当該文章にはタキトゥスウェルギリウスからの借用表現があり、借用先を確かめることでアンミアヌスの意図を探れるのだ、というのです。


著者Kellyはアド=サリケスの報告について、テオドシウスの対ゴート族政策を暗に批判していると結論付けます。借用先のタキトゥス年代記』1巻60−62章では、同じようにかつての戦闘で亡くなった兵士たちの白骨は、ローマ軍司令官ゲルマニクスの命令で埋葬されました。しかし、アド=サリケスの遺体はいまだに埋葬されていませんでした。そしてアンミアヌスはそれを述べる際、タキトゥスを想起させる文章により、読者がゲルマニクスとテオドシウスを対比するよう仕組んでいるのです。そして第2章以下では著者が注目する「引喩」について、なぜアンミアヌスがそれを用いたのか、何のために用いたのかという議論が展開されていきます。


このような、言ってみれば「元ネタ」を探してアンミアヌスを読み解くという手法はいままでになかったものでした。なので、読み進めるうちに疑問も出てくると思います。しかしその前に、論文投稿をしっかり済まさねばならないので、そちらをおろそかにしないようにしたいです(汗)