『銀文字聖書の謎』

銀文字聖書の謎 (新潮選書)

銀文字聖書の謎 (新潮選書)

目次は以下の出版社HPを参照。

http://www.shinchosha.co.jp/book/603599/

たまたま書店で見かけて図書館で借りて読んでいます。「銀文字聖書」というタイトルの言葉が最初に目に入り、なんだろう?と思って手にとってみました。すると、紀元後4世紀に生きたゴート人司教ウルフィラと彼が訳したゴート語聖書についてのエッセイであると分かり、驚きました。「銀文字聖書」という言葉を知っていればすぐにピンときたのでしょうが…

古代末期地中海史を勉強している者として「ウルフィラ」という名は以前から知っていました。4世紀に生まれたゴート人で、大都市アンティオキアで学び、その後司教としてゴート人への布教活動に従事した人物です。キリスト教といい、ゴート人といい、「古代末期」と呼ばれている時代を研究している者にとっては目を引くキーワードばかり。本書はP. Heatherを代表とする、ゴート族に関する近年の研究動向をフォローしていませんが、日本語で読める類書として貴重なものではないでしょうか。


ところで個人的に興味を引いたのは、ウルフィラが司教として派遣された時期の皇帝がコンスタンティウス2世であることです。彼はキリスト教徒ではありましたが、現在では異端とされるアリウス派キリスト教徒でした。そのため、キリスト教著作家たちの彼に対する評価は厳しいものがあります。また彼の治世を最も詳細に述べているアンミアヌス・マルケリヌスも、コンスタンティウス2世に対して非常に辛辣な叙述と評価をしています。他にもコンスタンティウス2世に対立した次の皇帝ユリアヌスの著作、ユリアヌスを賞賛しコンスタンティウス2世を貶めるリバニオスの著作など、コンスタンティウス2世はとにかく批判的な史料には恵まれている皇帝なのです。

しかしウルフィラにとっては自らと同じアリウス派を信奉し、またゴート族との協約を守った皇帝ということで、本書では(短い言及にすぎませんが)コンスタンティウス2世に好意的な叙述が見られます。特に「篤実な人物」(本書46頁)という表現は、なかなかコンスタンティウス2世に対しては用いられない表現だと思います。


ちなみに、本書で扱われる「銀文字聖書」は以下のホームページで画像を閲覧できます。
Codex Argenteus Online