エピファニオス『薬籠』関連研究の書評メモ

4世紀後半に『薬籠』と題されたキリスト教異端反駁文学を執筆した、サラミスのエピファニオス(310年頃~403年)に関する研究書3点の書評をメモ。

Review by R. Flower, Journal of Roman Studies 108 (2018), 3025 <http://dx.doi.org/DOI: 10.1017/S0075435818000011>

本書評が取り上げている研究書は以下の3点。

www.ucpress.eduwww.ucpress.eduwww.press.umich.edu

評者Flower 古代末期キリスト教文学の専門家で、皇帝非難文学に関するモノグラフと翻訳を上梓している。

Emperors and bishops late roman invective | Ancient history | Cambridge University Press 

Imperial Invectives against Constantius II – Liverpool University Press

 

エピファニオスについては実はあまり研究が進展していなかった。近年『薬籠』が英語に全訳されたことで研究に弾みがつき、エピファニオスその人に関する伝記2点(Kim Jacobs)と古代末期異端反駁文学の研究(Berzon)が公刊された。これら3点に共通するのは、エピファニオスの試みを古代末期という時代の象徴として位置づけようとしていること。すなわち、多様性から単一性への志向。

 

Kimの研究は伝記的アプローチ(時系列に沿ったエピファニオスの生涯の叙述)に加え、『薬籠』の特徴と著者の自己表象を分析。特筆すべき点として、三冊のうち唯一Kimのみ、エピファニオスには「半アレイオス派」皇帝ウァレンスの治世にカトリックの立場で叙述することの危うさがあったことを認めている。JacobKimとは異なり、エピファニオス自身よりも、彼の生涯や著作が象徴する古代末期の諸特徴を浮かび上がらせようとしている。エピファニオスがどのような知的環境・雰囲気のなかで成長し、それが著作にどう反映されているか、という問いに言い換えられるかもしれない。Berzonは二人とは異なり著作に注目、異端反駁文学と古代のいわゆる「民族誌」との共通性(文化的共通性を基準として特定の集団を定義する)を指摘して、エピファニオスによる異端分類の方法を分析する。加えて異端反駁文学を一種の歴史叙述としても読み解こうとする。評者はBerzonの最終章における議論に批判を加えている。

 

いずれにせよ、これら3つの研究がエピファニオスおよび異端反駁文学研究における画期をなすだろうことは間違いない。さらに彼らは、特定の著者あるいは著作を中心に特定の時代を特徴づけることの危険性を読者に想起させる。古代末期の中心と呼べるような著者や集団はいない。しかしこの3冊によって、エピファニオスが周縁に追いやられている状況はもはやあり得なくなった。