「野獣狩り」の終焉時期

前回のエントリに一部事実誤認があったため訂正します。

せんだい歴史学Cafe第45回放送にてお話しした内容をまとめた前回のエントリにて、最後の段落、

「というのも、見世物興行の主役であった剣闘士競技は、公式には404年を最後に、おそらくは五世紀半ばには全く廃れてしまい、同時に野獣狩りも開催されなくなっただろうと考えられるからです。」

と書きました。これに対して、友人より事実誤認のご指摘をいただきました。ここに記して感謝します。野獣狩りは実際には6世紀にも開催されていました。J. J. O'Donnel, The Ruin of the Roman Empire, New York, 2008 (pbk ed. 2009), p. 53によれば、コンスタンティノープルでの最後の野獣狩り興行は537年に開催されたとのことです。
 

The Ruin of the Roman Empire: A New History

The Ruin of the Roman Empire: A New History

 また、こうした野獣狩り興行の様子については、4世紀以降貴族たちが製作させた象牙製の「ディプティック」と呼ばれる浮彫りに描かれています。これらの「ディプティック」は、コンスルに就任した人物がその記念に製作し、ある種の引き出物として友人たちに配ったと考えられてきました。しかし最近になって、これらの「ディプティック」は官職就任ではなく、官職の就任に伴って開催された見世物興行を記念するものであり、そのために野獣狩りの様子が刻まれているのだ、とする説が示されています(Alan Cameron,‘The Origin, Context and Function of Consular Diptychs' , The Journal of Roman Studies, 103 (2013), pp. 174–207:論文のご教示に感謝します)。
 なお、それらの「ディプティック」についてウェブ上では、リヴァプール国立博物館所蔵のものを見ることができるようです。その他のものについては「venatio diptych」で検索すると見つかると思います。また、上述の論文にも画像が掲載されています。